我が家のツレウツ記録。(忘れないために書くことにしました)

世帯主曰く、
 昨年10月頃より症状あらわれる。
 疲れやすい・肩こり・腰痛・頭痛・不眠・食欲減退 等々
 内科、整形外科、整骨院(3ヶ所)、脳神経外科 を受診するも、異常なし。

 さらに、集中力低下、あせり、不安の症状があらわれる。
 心療内科(精神科)受診にて、「うつ病」と診断される。

世帯主曰く、
 「うつ病かもしれない」と感じつつも、「そんなことはない」と思いながら病院を転々と受診していたと。

 いろんな事にチャレンジすれば気が晴れて、この辛さが消えてくれるかもしれないと。
だから、ゴルフを始めてみたり、山登りも何度も行ったし、散歩やジョギングだってほぼ毎日、休日は、家族でドライブ行ったり。(そんな世帯主を見て、アクティブだなーぐらいに思ってました、私は。)

 食欲は減退する一方だったけど、ここで食べなければ弱るだけだと感じ、無理して食い込んでいたと。

上記は、うつ病と診断された後に、世帯主が私に教えてくれたことでした。

そがん大事なコトば何で黙っとったとね。バカタレが!!! と思うと同時に、気づいてやれなくて嫁失格。
ホントにホントにゴメンナサイって感情が どばーーーと押し寄せてきました。

世帯主曰く、
 「家族に心配させるのがイヤだけん、きついのを隠して普通に見せとった。気付かないのも当然。」
と私を気遣って言ってくれた。(ここらあたりは、今、思い出しても 涙がほろりとします。)



■ 11月11日(金)
午前中に精神科に行き、うつ病と診断された世帯主。昼過ぎに仕事中の私に、
 「うつ病と診断されたけど大丈夫。薬も貰ったけん治るけん、何も心配せんでいい。」
と電話してきた。
 そして、夕方から普段通り、仕事に行った(夜勤でした)。その日は結局、会えずじまいでした。
今思えば、スペシャルにきつかったと思う。


■ 11月12(土)13(日)
軽めの散歩をしたり、カフェにお茶しに行ったり。ゆっくりと過ごした休日でした。
(世帯主曰く、この時も、きつくてきつくて、どうしようもなかったと。)

病院から処方された薬を、金・土・日と服用してみて、
 「この薬を飲むと、動悸が激しくなり、カッとした気分になり、体の中が熱く感じるので飲みたくない」
と言い出した世帯主。

そんなに言うならばと、病院に電話し(先生は不在だったので)、看護師さんに状況を説明し、
「とりあえず服用は止めてみましょう」という運びになり、3日後(水曜日)の診察の予約を入れました。


■ 11月14日(月)
前日までは、「仕事には行く」と言っていた世帯主ですが、朝からの体調・顔色を見て、
「会社は休んだほうがいい、できれば しばらくの間」と私が独断で決めた。
世帯主は上司に会社を休む旨を連絡し、昼頃、世帯主と私で会社に出向き、上司に状況を説明し、しばらくの間、「休職」というかたちをとらせてもらう旨の了承を得た。

ありがたい事に、上司は、この病気をとても理解してくださり、「何しろ休め」と言ってくださいました。
ほんとにありがたい。


■11月16日(水)
精神科受診の日(私は仕事の為、世帯主のみ病院へ)

「処方してもらった薬があわず」…くんだりの件を先生に話し、違う薬を処方してもらった世帯主。

ところがどっこい、この替えた薬が全く合わず、あれよあれよと、どどどどーーーんと落ちて行ってしまいました。

今思えば、だぶん世帯主は、自分の状況を自分の口で、きちんと先生に説明できなかったのであろう。
先生も「なんで合わないのかなー。んーー。」って言ってたらしいので。


■ 11月17日(木)
この日は、私は仕事が休みだったので1日中 世帯主と一緒にいました。

薬を変更したことにより、落ちまくりの世帯主。そりゃそりゃ大変でした。
  ホント、何もできない。
  めらめら泣く。
  1日中布団の中。

こりゃオオゴトだと思い、病院へ電話し、翌日(金曜日)の診察の予約を入れました。
(人気者の先生なので水曜日と金曜日しか診察がない、そして待ち時間が長ーーい)


■ 11月18日(金)
私は会社を休ませてもらって、世帯主を連れて病院へ。
先生と、いろいろ話し、状況を説明し、結局、最初の薬に戻すことになりました。

この時、世帯主は、ほとんど話せる状況ではなかった。待ち時間もベッドに横にならせてもらったし。相当きつかったのであろう。

最初の診察から私も病院に同行すればよかった…。
薬を替えずそのまま続行していればよかった…。
と後悔しました。あとのまつりですけど。


■ 11月19日(土)~
落ちるしこ落ちてしまった世帯主はというと、

・1日の大半を横になっている。
・音がダメ(TV・ラジオ・CD・話し声までも頭に響く・悲しいニュースは見れない)
・光がダメ(間接照明の薄暗い部屋の中で過ごしていた)
・活字がダメ(新聞、雑誌、すべての活字がダメ・何も頭に入ってこない)
・ほんのちょっと先の事が決められない・判断できない(例えば、何が食べたい? 何がしたい? 等々)
・頭痛(脳がグラグラすると表現していた)
・耳鳴り、目のかすれ、喉の渇き


一番症状のひどい時は、ザ★ネガティブ!

・「どうして俺が・・」が口癖。
・仕事への不満(何しろ忙しかったからね)。
・幼少や若い頃の辛かったことが頭の中を駆け巡る。
・極度の不安感・あせり

この ザ★ネガティブ期は、私も「うわぁーこりゃ大丈夫かい」とホント心配しました。


症状の変化(良い方向へ)は、約3週間後ぐらいから、除々に表れてきました。

・起きてる時間が増えた(常に横になれるようにリビングに布団を敷いてました)
・散歩ができるようになった(最初は30mぐらい歩いて、極度の不安に陥り引き返すという感じだった)
・簡単な家事ができるようになった(洗濯畳みやクイックルワイパーなんかを)


ちょっと体力がついてくると

・ある日、ごはんが美味しく感じると言い出した(決して、私が作る料理が不味い訳ではない・はず)
・ツタヤ通いがマイブームになった(カネの事は心配するなと言ったものの…、一体いくら遣った?)
・漫画本が読めるようになった(歴史物の漫画にはまったようだ)
・他人とのやり取りができるようになった(当初は私以外の人と話せなかった。娘とも話せなかった)
 

さらに調子が良くなって

・家の大掃除を張りきってやってくれた(年末には完璧に掃除が終わっていた。ラッキーだ)
・料理を作ってくれた(仕事から帰ってきたら御飯ができてたし、ビールも冷えてた。なんてステキなこと)
・車の運転ができるようになった(娘の部活や習い事、塾の送迎など大活躍)
 

病院へ診察へ行く度に、先生から「うん。前回より良い感じ、でも無理しないように」と褒めていただき、世帯主も自信を取り戻していった。
12月中旬以降、良い感じで回復していった(3歩進んで2歩下がったりを繰り返しながらの回復です)。

年末には映画に行ったり、コンサートに行ったり、プチ山登りしてみたり。


■ 平成24年1月10日(火)■
57日ぶりに、無事、仕事に復帰しました。
仕事から帰ってくるまでは、心配で心配でしかたなかったけど、無事に帰ってきた時は心底嬉しかった。
世帯主も いい顔しとった!
「やっぱ仕事は楽しい」という世帯主の言葉に、やっとあるべき場所に戻ってこれたな…と感慨深かった。


■闘病中の世帯主との接し方
正直、大変だった。
11月12月と、私の仕事も忙しかったし、受験を控えていて娘がいたしで、普段は、てれーっと過ごしている私がよく乗り切れたと思う。と、いうか、これまでいかに世帯主を頼り切っていたのかと痛感した。

私は、

・可能な限り、世帯主と一緒にダラダラ過ごした(これは得意分野)。
・極度の不安に陥ってる時期は、常に手をさすった。「大丈夫!大丈夫!」と言うと多少は安心したようだった。
・アロマオイルを使って、マッサージをしてあげた。リラックス効果あり。
・なにしろ待った。「つらかった事を話してみて」なんてのは言わなかった。「話したくなったら話して」というと、しばらくするとボソボソ話し始めるので、それまで待った。「話してごらん」というと話せなくなるらしい。
・なにしろ聞いた。話し始めたら、口をはさまず「うん、うん」と言って世帯主の話(ネガティブな話しが多かった)を聞いた。
・食事にも気を遣った。うつ病によいと言う食べ物を調べて食べさせた。バナナは毎日ね。普段は食卓にのぼらない和牛や刺身や鰻なんかも大盤振る舞いで食べさせた。財政は火の車だったけどね。
・症状がよくなってきたら、なにしろ褒めた。自信がつくらしい。

もっといろいろあったかもしれないが、もう忘れてしまった。きっと私も必死だったのであろう。
イメージとしては、幼子をお世話しているような、お年寄りをお世話しているような感じだった。


■娘リオ
娘は12歳であったが、私は世帯主の病状をありのまま説明した。うつ病という病気の事を。
うんちく娘のリオは、説明するまでもなく、うつ病を理解していた。
中学受験直前の大事な時期にもかかわらず、普通に接していた。
きっと、かなり心配だったであろう。ちょっと前まで強い父親であり優しい父親であった世帯主が目の前でいつも横になっているのだから。

リオは常に普通であった。世帯主の事を、いたわるでもなく、避けるでもなく、いたって普通であった。
寝てばかりいる世帯主を見て、「びみょーー」と言っていた。
強がっていたのかな。心配かけたね。ごめんね。


■最後に
約2ヶ月間のことだったが、長かったような、アッという間だったような、遠い昔のような、まだまだ続行中のような、そんな気持ちでいます。

で、「結局、病気の原因は何だったと?」と聞かれることがあるが、見事にいろんな事が重なっての発病だったと思う。
やはり仕事の忙しさやストレスが発端となり、義父の病気がらみの事、娘の受験の事、(まりこストレスもあったのかしら)等々、重なるときは重なるのですな。

うつ病は、ストレスや疲労から、脳内の神経伝達物質が減少しておこる病気だと聞きました。
心の病気ではなく、脳内の病気なのです。

世帯主がしきりに「心が弱い人だと思われたくない」と言っていました。

「責任感の強い人、几帳面な人・真面目な人、頼みごとを断れない人 等々が発症やすいんだってさ、全部あてはまっとるたい」と、私は言い聞かせました。

私は、これまで「うつ病」に関する知識があまりありませんでした。
しかし、世帯主を見てきて、うつ病は、しっかりと治療をすれば回復できるという事がわかりました。

世帯主は、「うつ」であることを自分自身で受け入れて、「家族の為に必ず治す(といつも言っていた)」という気持ちがありました。

そして、職場の上司・同僚にも恵まれました。
職場には、ご迷惑とご心配を掛けてしまいましたが、いつも温かい言葉をかけてもらいました。

また、人生の諸先輩方に、さりげなく励ましてもらいました。
世帯主は、なんて幸せ者なんだ。

そして、そして、心が折れそうになった私を、応援してくれた周りの方々。
「ひとりじゃないんだ」と、心強かったです。
ホントにホントにありがとうございました。

世帯主40歳。人生の折り返し地点で、自分を見つめ直す良い機会だったのかもしれません。

厄年の洗礼をがっつり受けさせてもらった昨年でしたが、立春すぎれば厄が晴れます!

「何でもない毎日が最高の幸せ」だと感じる今日この頃です。

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# by mari-rio | 2012-01-11 23:08

2012 今年も喜怒哀楽全開で行こう! 今年はrioも中学生になります。楽しみだ。

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# by mari-rio | 2012-01-01 23:42

25日の朝。友達から『サンタは親』と言われようとも、サンタをがっつり信じてるリオ。

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# by mari-rio | 2011-12-25 08:28

人生初の七面鳥に(…だと思い込んでる)、リオはテンションがあがりました。嘘ついてごめん。

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# by mari-rio | 2011-12-24 23:18

MISIA liveに行ってきました。リハビリにMISIAの曲ばかり聴いていた世帯主。MISIA様様。

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# by mari-rio | 2011-12-23 23:38

人生初のお受験体験の朝。いつも通り気楽にやってこい!

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# by mari-rio | 2011-12-18 23:30

地域の祭りで また演奏。ひとつずつ行事が終わっていくね。指揮者を見つめる視線が ちと怖い。

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# by mari-rio | 2011-12-10 22:50

父と娘の共同作業。こってこてのツリー出しました。

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# by mari-rio | 2011-12-04 22:46

長崎へ修学旅行。ハウステンボスで4時間の自由時間があるんですって!

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# by mari-rio | 2011-11-30 23:00

ドラムの発表会まで1ヶ月。練習がんばっております。


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# by mari-rio | 2011-11-29 21:09
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日々の出来事を手短に。


by mari-rio
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